
もともと心配性で他人の目を気にしながら生きてきた私でした。
職場で悪口、叱責のターゲットになってしまったことが耐え切れず退職の道を選んだのです。年齢も定年間近だったので未練も何もありませんでした。
うつと診断され怠惰な生活を続けていた時に出会ったのが「神との対話」でした。
この本を読んで、もっと気楽にあえてわがままに生きいく方向に考え方が変わったのです。
重いうつ状態のころは思い出すのも嫌だった事を、こうして文章にするなんて想像もできませんでした。もちろん本の解釈は人それぞれです。ただ、私にとってはかけがえのない一冊になりました。
職場で孤立してうつ状態に

一年半前、担当するプロジェクトの業務上のミスが発覚して大問題になりました。
プロジェクトメンバーは6人いて、そのうちの1人のケアレスミスが原因でしたが、とりまとめを任されていた私に非難が集中。他のメンバーは知らぬ存ぜぬの態度で私を無視。いつの間にか私だけの責任にされ非難のターゲットになってしまったのです。
社内メールには、この問題で迷惑を被った人や他の職場からの悪口のような叱責が続きました。今から思えば被害妄想だったかもしれませんが、当時の私には余裕もなく、とても平常心でメールは読めませんでした。
そしてあるとき、我慢できなくなりついに会社を休んで心療内科を受診しました。診断結果は極度のうつ状態。
主治医からは「仕事をしてはいけません。ドクターストップです」と言われ、その時の診断書で長期療養をすることになりました。
その後、年齢的にも定年間近でもあったため、会社を退職しました。59歳の夏のことでした。
怠惰な生活の始まり

仕事を辞めた私は抜け殻のような毎日でした。
夜眠れず、朝起きてからはソファーに横になり、なんとなくテレビを眺めながら一日中ボーっとして過ごしていました。
些細なことで怒りっぽくなり、妻にあたってしまうこともしばしば。気晴らしに出かけても、周囲の騒がしさに敏感に反応してしまい、イライラが増してしまうのです。
仕事をやめてストレスの元がなくなったのに、症状は一向に改善しませんでした。主治医からは、一年以上はかかるからゆっくり治療していきましょうと、診察のたびに言われていました。
「神との対話」との出会い

ある日妻が、一冊の単行本を「読んでみたら」と勧めてきました。
私の状態に見かねたのでしょうか。タイトルは神との対話。
「何もする気がないのに読書なんか。まあせっかくだから読んでみるか」と軽い気持ちで手に取りました。
タイトルで分かるようにかなりスピリチュアルな内容ですが、実は何年も前からそのジャンルには興味があったのです。神は存在するのか?自分はなぜこの世の中にいるのか?死後どうなるのか?など。
さらに妻は「その本もって一人旅にでも出てみたら?」と言うのです。少しびっくりしましたが、昔から旅行の計画を立てることが好きでしたので、妻の配慮だったのでしょう。
なるべく遠い所が良いなと思い立ち、その年の秋に古い友人に会いに北海道に行くことにしました。友人は札幌で居酒屋を経営しています。
神との対話の本の中に、不安・心配・憎悪は、細胞レベルで身体を攻撃してくるという記述があります。
病は気からという言葉があるように、精神的要因が様々な病気を引き起こすというものです。特に、心配と不安そして憎悪が要注意だと書かれています。初めに読んだときは気にとめませんでしたが、その後、いろいろ考えさせられることになります。
私は、札幌に出向き友人に会い思い切って全部話して相談しました。その時の私は、かなり暗い表情だったと思います。
友人は「そっか、大変だね、でもさ、自分が今楽しいって思えれば他人のことは考えなくていいんじゃない」と明るくひとことだけ。忙しくなったので他の話はできずじまいでした。
前向きな考え方に

その日の夜、ホテルで一人になって考えました。
「自分だけが楽しいと思えればよいって自己中心的だな。でも、あえてわがままに自分のことだけ考えるのもありかな」
朝会社でパソコンを開くことが怖かったころ、翌日が不安になって眠れない日が続きました。
私を無視したメンバーを恨み、悪口メールを打ってきた相手も恨み、メールを読んでいた時のつらい記憶が繰り返しフラッシュバックして不眠に拍車をかけていたのです。
思えば心配と不安と憎悪にまみれていた時でした。
神との対話に書かれている内容は、読み手の解釈の仕方によっていろいろな読後感があると思います。
私は、心配と不安と憎悪が身体を攻撃していたのだと、本に書かれていることをそのままに解釈し、過去、現在、未来について考えてみました。
そして、こう思うようにしたのです。
- 過去は他人事。くよくよ考えないようにしよう
- 現在については他人のことは考えず自分本位に楽しめればよい
- 未来はなるようにしかならないから心配などせずに流れに任せて生きよう
その後最初からもう一度本を読み返し、結局その日は朝まで起きて本を読みました。
まとめ

北海道から帰ってきて、最初に心療内科を訪れた時、主治医が「今日は顔色が明るいね。今日の元気度は何パーセントですか?」といつものように聞いてきました。
私は「80パーセント!」と明るく答えられるようになっていました。
主治医は「それは立派なものだ、これからは生産性のあることをして達成感を味わっていこう」と今後の考え方のアドバイスをくれました。症状は回復の傾向にあったようです。
私は「神との対話」を皮切りに読書に夢中になり、心理学から哲学など、今では一か月に延べ10冊(読み返したり何度も読んだりしている書籍もありますから)は読んでいます。
「神との対話」という書籍と出会ったこと、妻の配慮と古い友人のひとことが、前向きな考え方に変えてくれたのだと思います。
60歳になり、今でも読書は続いています。最近では、作家になりたいという十代の時の夢を、もう一度思い描いています。未来に光がさしてきたようにすがすがしい毎日を送ることができるようになったのです。
今は娘も独立し妻と二人で生活しています。会社に40年勤め、昨年定年退職しました。
趣味は読書です、一冊の本との出会いで生きていく考え方が変わり、最近はいろんなことに挑戦しています。